宮崎県児湯郡川南町(こゆぐんかわみなみちょう)
年の森 平田(へいだ)神社

稲穂 Copyright© いもきゅー

「稲穂」
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宮崎県児湯郡川南町(こゆぐんかわみなみちょう)
平田(へいだ)神社

本殿 石碑 祭典 行事 「年の森」樹木

由緒

設立年代は不祥なるも古老の口碑によると日本武尊熊襲征伐の為西下されし時幣田川(現平田川)川口の伊倉より御舟にて川を上がられ川岸の年の森に舟を寄せ給い現社地の東南の高台(現在も濠跡が存す)の御山に宮居を定め暫いしこの地に留まられ熊襲征伐の後再び立ち寄られた。
後の仁徳天皇の御宇(西暦三百年代)人々は尊の高徳を慕い御遺跡を讃え宮居の地に向かって現社地に神殿を建立し尊を祭神として創始せりと伝う。
以前は由緒記古文書等ありしも天正年間(一五七三〜一五九二)大友宗麟この地に乱入せし際兵火に遇い神殿及び古文書等焼失せり。
棟札に「奉再興平田大明神一宇文禄三年(一五九四)甲午十一月二十五日再興」と記載あり。
足利将軍義政の時(一四三六〜一四九〇)伊東氏より神領三百石を寄進。
現今祭田と称する地名の田地あり。
高鍋藩主秋月公に至り神領三石社殿の修理とその他祭器具等一切の寄進あり。
祭礼には御直参又代参され祟敬厚きものであった。
明治四年郷社に列せされる。
明治四十三年末社(祭神御年神)熊野神社(祭神速玉男神・事解男神・菊理此売神)菅原神社(祭神菅原道真公)霧島神社(祭神瓊々杵尊)の四社を平田神社に合祀する。
創始より此方平田郷の氏子より産土神(守護神)の社として祟敬される。

祭神

日本武尊、速玉男神、御年神、事解男神、瓊々杵尊、菊理此売神、菅原道真公

御神徳

招福厄除、五穀豊穣、財富招来、交通安全、学問成就、商売繁盛、航海安全

祭日

一月一日・元旦祭、二月二十五日・祈念祭(春祭)、七月・夏祭、十一月十五日・七五三祭、十一月二十五日・例祭、十一月二十六日〜七日・神幸祭、十二月三十一日・大祭、焼納祭、除夜祭

平田(へいだ)神社